フィリピン武術流派紹介:ニッケルスティックエスクリマ
フィリピン武術には日本の武術と同じように沢山の流派があるのはご存じでしょうか。
フィリピンには7500以上の島があり、そのうち人が住んでいる島は1000以上と言われています。
これだけ多くの島々があり、言語や文化が異なります。同じフィリピン武術でも沢山の流派が生まれたのは必然だったのかもしれません。
フィリピン武術は日本において未だ知名度は高くないと思いますが、フィリピン武術の一流派となるとさらに知名度は低くなるでしょう。
そもそもフィリピン武術に複数の流派があるのも知らない人がほとんどなんじゃないでしょうか。
今回の記事では僕が修行中のニッケルスティックエスクリマについて紹介したいと思います。
ニッケルスティックエスクリマの公式サイトの文章などを参考に書かせていただきました。
フィリピン武術、アーニス、カリ、エスクリマには流派があるということ。そして、ニッケルスティックエスクリマとはどういう流派なのかを知っていただければ幸いです。
ニッケルスティックエスクリマ
ニッケルスティックエスクリマは、2003年4月27日にグランドマスターのニック・エリザール先生が設立したバリンタワク系統に属するフィリピン武術の流派および団体です。
正式名称は「World Nickelstick Eskrima club」です。
フィリピン、アメリカ、ロシア、ヨーロッパ、日本など各国に支部があり、バリンタワクを世界中に普及させたいという思いから名称に「World」という言葉が使われています。
「Nickel」はニック先生の名前Nick Elizarに由来しており、「Stick」は単数形とすることでバリンタワクが得意とするシングルスティックスタイルを表しています。
フィリピン第二の都市であるセブシティに本部を構えており、コロナウイルスが流行する以前は、毎年のように世界各国から生徒が訪れていました。
GMニック・エリザール
ニック先生は1948年生まれの73歳です。
セブ島の南西部にあるロンダという小さな町で生まれ、5歳の時にセブシティに引っ越してきました。この時期に、同じく後のグランドマスターである、ボビー・タボアダ先生と出会い幼少期を共に過ごしたそうです。
13歳からボクシングを始め、その後10代のうちに空手とテコンドーを経験しました。
優秀な格闘家として評価されていたため、1972年にマルコス大統領による戒厳令布告まではセブで有名な実業家のボディーガードとして雇われていたそうです。
1972年、幼馴染のボビー・タボアダ先生からバリンタワクを紹介され、以降共に練習に参加することになります。
当時のバリンタワクは「Balintawak International Self Defense Club」と呼ばれており、故ホセ・ヴィラシン氏が会長、故テオフィロ・ベレス氏が副会長、バリンタワクの創設者である故アンション・バコン氏がグランドマスターという組織体制でした。
ニック先生とボビー先生はテオフィロ・ベレス氏からバリンタワクを教わっていました。また、この頃のアンション・バコン氏は練習内容と生徒たちのレベルの確認のため練習には参加したが監督のみであり、自分が教えるという事はしていなかったそうです。
1976年に一通りの修行を終え、インストラクターとしての活動を開始します。
セブシティ、サンボアン、ネグロス島のドゥマゲテ市などでバリンタワクスタイルの普及活動に努めたニック先生は、1979年に再度セブシティに戻りテオフィロ・ベレス氏の元でトレーニングを再開します。
この頃からニック先生は自分のグループを作り、隣接するエリアで活動していたボビー先生のグループとたびたび合同でトレーニングを行っていいたそうです。
1982年にテオフィロ・ベレス氏が自身のクラブを設立し「TeoVelBalintawak Group」と名付けます。ニック先生は同時にマスターの称号を与えられました。
1998,2000年に開催されたWEKAF(World Eskrima Kali Arnis Federation)の世界大会にて、TeoVelBalintawak Groupの代表を務めています。
TeoVelBalintawak Groupのマスターとして20年以上に渡り普及活動を行い、2003年に自身のクラブを創立し、「World Nickelstick Eskrima club」と名付けました。
現在はセブで最も有名なグランドマスターの1人であり、フィリピン国内の警察、警備会社、大学などでセミナーを行っています。
ニッケルスティックエスクリマのロゴ
ニッケルスティックエスクリマのロゴの意味について解説します。
水牛:水牛はフィリピンの国獣で生命力と強さの象徴だそうです。現地の言葉でカラバオと呼ばれています。水牛をロゴに使ったのはTeoVelBalintawak Groupが元祖だそうで、それを継承した形になります。因みにニッケルスティックエスクリマ以外でもバリンタワクスタイルでロゴに水牛が使われているところはみんなTeoVelBalintawakの系統だそうです。
天秤:アンション・バコン氏の時代から伝統的にバリンタワクのロゴに使われており、正義とバランスを象徴しています。現代のバリンタワクスタイルでも天秤をロゴに入れているところは多いです。
スティック:スティックはバリンタワクで最も使われる武器です。スティックが一本なのはシングルスティックスタイルを表しています。
稲妻:バリンタワクスタイルのスピードを象徴しています。
星:フィリピンの3つの地域、ルソン、ビサヤ、ミンダナオを表しています。
シダの葉:フィリピンにおいてシダの葉は名誉と平和の象徴です。
フィリピン国旗:愛国心を表しています。
余談ですがフィリピン武術の流派ってまるい形のロゴが多いと思いません?
実はフィリピン武術に限った話ではなくフィリピン人はまるいロゴが好きです。
初めてフィリピンに行ったときは町中で見かける看板のロゴが全てフィリピン武術のロゴに見えました。ですが実際は全く関係ない政治団体のロゴだったりします。
ニッケルスティックエスクリマの特徴
ニッケルスティックエスクリマは2003年に設立された比較的新しい流派ですが、基本的な練習はホセ・ヴィラシン氏とテオフィロ・ベレス氏から継承した内容をほぼそのまま行っています。
ニック先生がボクシング、空手、テコンドーの経験者であることから、荷重移動やステップワーク、素手の技術に現代格闘技の影響を感じます。
他のバリンタワクスタイルと同様に、1ブロック1カウンターの原則で12ストライクのパラカウを基礎とし、そこにグルーピングやロッキング、ディスアームを加えて習得していきます。
ニック先生の教える内容は非常にシンプルであり、他の武術と比べると技の数自体は少ないと思います。継続して練習していれば6ヵ月~1年程で全てを網羅できるそうです。
僕も練習を始めてから1年くらいで技術体系を網羅できました。
バリンタワクスタイル自体が、伝統技術の継承よりも決闘で目の前の敵を倒すことを追求して発展してきた流派です。
どれだけ多くの技を習得できるかよりも実践で必要な技の精度と威力を重視しているスタイルなのだと思います。
また、バリンタワクと聞くとコルト(近い間合い)の技術を重視するスタイルという印象が強いですが、ニッケルスティックエスクリマでは実戦を意識したラルゴ(遠い間合い)の技術も重視しています。
戦いは常にラルゴから始まる、スティックファイティングにおいて最も時間を長く使う間合いはラルゴである、というニック先生の教えに基づくものです。
主な技術体系
全てを書こうと思うと長くなりすぎてしまうので、代表的なものだけを書いていこうと思います。
12ストライク
バリンタワクスタイルの創始者であるアンション・バコン氏が作った、打撃に加えると有効な人体の部位を12分割してターゲット化したものです。
現在数多く存在するバリンタワク系の全ての流派で採用されています。
バリンタワクスタイルから影響を受けたモダンアーニスでも形を変えて採用されています。
攻撃動作12、防御動作12で合わせて24動作になりますが、これを習得するだけでそのままナイフや素手の練習もできます。
恐らく他のバリンタワクスタイルも同じだと思うのですが、ニッケルスティックエスクリマで最初に習うのがこの12ストライクです。
いきなり24動作を覚えるというのは初心者の人にとっては少し難しく感じるかもしれないですが、ニッケルスティックエスクリマの練習はほぼ12ストライクを基にしたもののみです。
例えるなら、12ストライクという皿に後述するグルーピングやディスアームなどの料理を盛り付けていく感じです。
12ストライクさえ習得してしまえば他の技術はその延長線上にあるものしか出てこないので習得が簡単です。
これに気付いたときは効率よく技術習得ができるシステムに感心しました。
グルーピング
グルーピングとはパラカウの中でよく使う12ストライク以外の技を種類ごとにグループにして分けたものです。
ホセ・ヴィラシン氏とテオフィロ・ベレス氏が開発しました。
元々アンション・バコン氏の感覚的な教え方に頭を悩ませたヴィラシン氏とベレス氏が効率的な教え方を追求し、パラカウの中で行うランダムなテクニックに番号を付けてわかりやすくしたものでした。
余談になりますが、バリンタワクにおいてグルーピングシステムを採用している流派はヴィラシン氏かベレス氏の系統です。他系統のバリンタワクにはグルーピングがありません。
ニッケルスティックエスクリマのグルーピングは1~7まであり以下のように構成されています。
グループ1:スティックをつかむ技術とその解除
グループ2:バッティング、プニョで打つ技術
グループ3:突き、ソンキット
グループ4:アバニコ
グループ5:パンチとトラッピング
グループ6:エルボーと頭突き
グループ7:蹴りとスイープ
元々バリンタワクはグループ5まででしたが、ニック先生が6と7を追加しました。
とはいえ新しい技術というわけではないらしく、昔からパラカウで練習されてきたけどグルーピングには含まれていなかった技術を追加したもののようです。
ディスアーム
ニッケルスティックエスクリマの基本のディスアームはナンバリングされて呼ばれています。ディスアームNo.1、ディスアームNo.2といった具合です。
基本のディスアームはフォアハンドが1~7、バックハンドが1~7+オプション3つ。
12ストライクに対応したバッティング&ディスアームという技術もあります。一通り覚えるとパラカウ中いかなるタイミングでもディスアームができるようになります。
相手が使う武器がスティックであることを想定して編成されているので、スティックをつかむものなど接近した状態を意識した技術が多いです。
コンバットジュードー
ニッケルスティックエスクリマでは関節技をコンバットジュードーと呼びます。
第二次大戦中、米軍が採用していた格闘術から名前を拝借してきているみたいです。
他の流派でいうところのドゥモグですね。
コンバットジュードーは1~8+オプション3つ、全て当身から始まる関節技です。
昔の映像を見ると7つしかなかったみたいですが、No.6が新たに加わって8つになったみたいです。
コンバットジュードーは最初に素手で練習して、慣れてきたらスティックを使ってパラカウの中に組み込んでいきます。
ナイフもありますが、めったに練習しません。関節技かける暇があるならナイフで攻撃した方が効率がよいということなのでしょう。
日本で習える場所
バリンタワクスタイルというと、フィリピン以外だとアメリカやヨーロッパのイメージが強いです。
日本国内では未だ稽古者が少ないですが、実は習える教室や道場はあります。
アーニスクラブ東京
アーニスクラブ東京は僕が日本にいるときにお世話になっていた団体です。
中野、高田馬場、下北沢、金町、立川、小金井、日野など都内複数個所でクラスを開催しています。
普段はモダンアーニスをメインに練習している団体ですが、毎週ニッケルスティックエスクリマクラスを開催しているそうです。
代表の大原先生はニッケルスティックエスクリマのインストラクターの認定を受けており、ニック先生から正式に海外支部として認められています。
また、不定期ではありますがニック先生のオンラインセミナーを開催しており、セブの本部から直接指導を受ける機会もあります。
実は僕がニッケルスティックエスクリマに出会ったのも、大原先生がセブに練習しに行くのに付いていったのがきっかけでした。
アーニスクラブ東京URL:https://www.arnisclub-tokyo.com/
沖縄龍伊武館
沖縄龍伊武館は恐らく日本で初めて正式にニッケルスティックエスクリマの支部として活動を始めた団体で、代表のアレッサンドロ先生は僕の兄弟子にあたる方です。
アレッサンドロ先生はイタリア出身で武術歴は40年以上。フィリピン武術以外にも沖縄空手と詠春拳も指導されています。もちろん日本語も話せます。
コロナ禍に入る以前は毎年セブを訪れニック先生から直接指導を受けられていました。
現在はヨーロッパを対象としたオンラインセミナーなどを主催されています。
毎週火曜日と木曜日にニッケルスティックエスクリマクラスを開催しているようです。
公式サイトや動画で見る限り常設道場で設備もかなり整っているようです。
僕は以前沖縄に5年ほど住んでいたのですが、次回沖縄を訪れる時はぜひ出稽古にお邪魔したいと思っています。
沖縄龍伊武館URL:https://www.ryuibukan.com/